姫路の葬儀にて新たにひとを知る

姫路では有名な葬儀会社の支店で行われた通夜に参列しました。
近い人ばかりだったのですが、それでもしばらく会わない親戚ばかり、
ついついお悔やみも置いて近況の話に会話がそれてしまいます。
それでも享年や最期の様子や病状などは礼儀として聞くべきにような気がして、
一番近い人には聞けませんでしたが、ご存知の方にお尋ねしました。
そんな時間もゆったりあって、通夜のお式が始まりました。
一通り挨拶も済ませていましたので、後はちょっと気が楽です。
姫路 葬儀市民葬儀ご相談センター
また会食などもあるわけではなく、進行の方の声に従って焼香を済ませて、こちらからも亡き人の簡単な紹介があります。
近い人の大切な人、というのを知ると、またその人の違った面を垣間見る気がしてきます。
去年、地元の姫路で祖父の葬儀をおこないました。
あまり大々的にやりたくないという事が亡くなった祖父の希望だったので、葬儀は家族葬を選びました。
親類以外には声をかけずにとりおこないました。
早朝7時に亡くなったのですが、9時の段階で葬儀業者を選ばなければならない状態でバタバタでした。
葬儀は「どんな祭壇をにするのか」ということによって、金額が決まります。
当初、葬儀業者さんから提示された金額は30万円だったのですが、実際は50万円程度でした。
姫路 葬式
会社ではとても明るく、ムードメーカーである彼女の悲痛な顔を見ていると、とても悲しい気持ちになりました。
私は父や母にはもう何年も会っていませんので、この日出席したことにより、会いたいという気持ちが芽生え、早く孫の顔を見せてあげたいと思うようになりました。
また普段明るく気さくな女性なだけに、亡くなったお母さんのことやその方のご兄弟のことなど
今まで知らずにきた生い立ちのようなものを知って改めて敬意を抱きました。
姫路でのとある葬儀では憧れの存在でもあった人が悲しみの底にいる、というのはこれまで幼い頃から私を知り、
面倒をみてくれた人の初めて見せる笑顔なき場面でした。

通夜は長くも短くもなく、ゆったりと荘厳に行われて、緩く周りの人々を結びつけたと思います。
お浄めの塩もご遺体や死は不浄や穢れのものではない、ということからお配りしていません、
という姫路の葬儀会社の仏教の方針に何かさわやかな新しさを感じました。
himeji-soushiki
今回の件で、週末には両親の顔を見に帰省しようと考えています。
電車で約30分の距離に住んでいますが、近いと思いながらかれこれ数年会っていません。
母親から度々電話がある為、元気でいる事はわかっています。
父親の方も話を聞く限りは、問題ないご様子。
これといって用事はないのですが、近くに来たから寄ってみたという理由にしようと思います。
相変わらず、飼っている猫も元気でピンピンしているそうで毎日家の中を駆け回っていると聞いてますので、久々の再開が楽しみです。
手土産は地元の名産でも買って、夜は手料理とビールをと考えています。
なんだか少し緊張してきましたが、楽しみでもある今日このごろです。
実家に帰省した話は、今度のブログに書こうと思いますのでまた楽しみにしていて下さい。
さて、今日はこのへんで。

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